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近況/メモ Archive
3月25日名もない救援隊(岩手県大槌町より)
- 2011-03-25 (金)
- 近況/メモ
津波の被害の激しい岩手県大槌町に入りました。
フリーマーケット方式で欲しいものを持ち帰ってもらっています。
以下、加藤大吾さんんからの現地報告です。
昨日 大船渡
本日 大槌町 に入りました。津波の来たところは更地状態です。
被災者がのぞんでいる物資について共有します。
大きく二つのニーズがあるようです。
その1 家を失った方
衣服(中古でも喜んで持っていきます)
下着、靴下、タオル、おやつ的な物、お米、炊き出ししたもの、
日用品(タバコ、ウエットティッシュ、ハンドクリーム、リップクリーム、洗顔料、
トイレットペーパー、風呂桶、洗濯物干、洗濯バサミなど)
腐らない食べ物、おやつ的な物、
基本的に何でも欲しいという状態です。その2 家はあるが被災している方
下着、靴下、タオル、おやつ的な物、炊き出し、三陸ではほとんど水道、電気は復旧しているので、
水は全く必要ないです。
これは、比較的都心部に持っていくのが良いのではないかと思います。要確認!
また、中古衣服で集まってしまった物については、遠野のバックヤードは小さいので、
直接、三陸に持っていくと有効と思います。特に大槌町
きっと大船渡も家を失った方はそういった要望だと思います。衣服の配布の方法については、
公に受付に話すと要らないと断られます。
しかし、フリーマーケットをさせてくれと頼んで、広げて
好きな物を持っていっていいよ!となると
人が集まってきて、みんな持っていきます。
2回ほど大きくやりましたが、混乱も起こりませんでした。
あっという間にトラック3台がなくなりました。東北の人たちの特性なのか?
我慢強いようで本当に欲しい物を人(役場)に言ってないようです。
欲しい物を書くボードを設置すると、
上記のような物が書かれていました。以上です。
報告でした。都留市からの第二便は28日に出発の予定です。
行き先は登米の予定です。
物資内容は 子供のいる人用のセット。老人用のセット。下着。野菜。などです。今後とも一緒にがんばりましょうと声をかけてかえると
東北なまりの強面のおじさんが真っ赤な顔に変わり、くしゃくしゃな顔に変わりました。
まだまだ、やるべきことは沢山あると感じました。
3月25日名もない救援隊(加藤大吾さんの記録)
- 2011-03-25 (金)
- 近況/メモ
今日はFMちゅーぴー「ピースロード」の収録に行ってきました。
昨日のアポだったのですが、なんとこのせわしい救援活動の
コーディネートのために忘れてしまいました。
ごめんなさい。気を取直して収録。
救援活動のこともお話しました。
3月29日16時からの放送です。
サイマル放送もあります。
chupea.fm/
明日26日に開催されるボランデポひろしまの活動のための
トラック手配できました。
いや、この物流がひやひやです。
何とか都留経由で登米の日本エコツーリズムセンターの倉庫まで送れそうです。
さて、さかんに報道されている大船渡まで救援に行った
加藤さんからの日報が届きましたので転載します。
3/24報告です
7:00 朝ご飯
8:00 行動開始
まずは、一番近い栗林小学校避難所へ
地域の方と初めて話し、要望は何か?を聞き出す。
避難所の空気を吸う。何とも言えない空気。
食事表を見せてもらうと、
朝食はおにぎり1個、ビスケット1個、飴1個
昼食はパン1個、くだもの1個
だった。深刻な物資不足。
ここは300名。平等に300個ある物資がほしいと
300個ある物はここに回してすぐに配布してもらう。前日は暗かったので景色を見ることはできなかった。
山と川の景色がきれいだった。
この景色からは被災しているとは思えない。早朝から昨日持ち込んだ物資をひたすらおろす。
今日かえるスタッフを移送するだけではもったいないので、
遠野によって、大船渡に必要と思われる物資を積み込んで出発。大船渡に入った瞬間に入ってきたのは”船”だった。
かなり内陸部まで船が来ていた。
市街に近づいていくと全壊している建物が次第に増え、
最終的には全くの更地に瓦礫が載っかっている状況になっていた。
大きな船が家に刺さっている。
どうしてこうなったのか?想像できない。
中心部の交差点は電気が復旧していないので
警察官が手信号で交通整理していた。
大船渡のい地形は山が近く、山にすんでいる人も多い。
「津波を見て、走って逃げた」
という人が多かったのが印象的だった。
業者の方が電気の復旧作業をいそいでいた。必要なところにガソリンを届け、
最も近い避難所 大船渡中学校に立ち寄ってみる
何が欲しいか?たずねると
下着!だった。
既に被災から2週間、生活用品が不足している。
風呂に入れないために、
タオルなどを消耗品としてその代わりにしているのだろう
積んでいるもんを全部おろして、広げると
箱のほとんど、欲しいと声のあがる物はすべてもらってくれた。
高台の上を通りがかると市街地がすべて見渡せ、
更地のようになった街の中で重機が動いていた。
物資の残りはかえるスタッフに持たせて、配布するようにした。帰り道では突然、すごい勢いで雪がふってきた。
慎重に運転して遠野に戻る。
バックヤードで明日の物資を積み込んで釜石に帰る。
もう真っ暗だ。もう一つのチームは上栗林集会場の方に物資を提供し
バザールを開いてもらった。
全員集まってこなかったこともあり、明日も引き続き開くらしい。
こちらはずいぶんとファジーな運営だな。
この辺りでは被災者の親族が被災者を受け入れて
一緒に住んでいる人が多いとか。
みんな協力してるんだね今、困っているのは、被災者のニーズに個性があって
掴みきれていないこと。明日の作戦は、2つのチームに分かれて
”やきいもや”を展開する。
ゆっくりと車を走らせて人を呼び込み、
必要なものを手渡す。
本当に必要な人に必要な物をもらってもらおう。
翌日以降、臨時の炊き出し炊き出しを行う予定。【今後と2便について】
26日1便山梨県都留市着
27日10:00~積み込み作業 お手伝い募集
28日6:00山梨県都留市発 途中野菜の積み込み。
28日 2便は 2t 2t 4t の3台で
宮城県登米市のRQ市民救援センター現地本部に運びます。
31日 山梨県都留市着
3月24日名もない救援隊(加藤大吾さんの記録)
- 2011-03-24 (木)
- 近況/メモ
名もない救援隊:加藤さんから記録文が届きましたので転載します。
6:00都留発。 昨夜先発した10tを追いかける
7:30三芳パーキングエリアにて
小川町有機野菜生産組合さんと、有志の会のみなさんから
野菜などの物資提供を受ける。
ただでさえ満載なのに、その上にのせる。
半分は仙台南で現地のNPOに引き渡し、
半分は釜石まで持っていく。東北道仙台に近づくと道がところどころうねりだす。
補修されているが、満載されているトラックでは慎重に運転したい。
途中、緊急車両しか通れなくなり、車の量が減る。
ふと見ると、隣には米軍の海兵隊がいた。
でかい車両の上に特殊車両が載っていた。瓦が飛んでしまったのか?
屋根にはブルーシートが張ってある家も見える。
岩手に入っても高速道路沿いは同じような被害状況遠野に入ってバックヤードに荷物を降ろす。
NPO法人遠野山・里・暮らしネットワークさんの協力で、
バックヤードをご提供いただきました。
キャンプ系のシュラフ、防寒着などは
ここでボランティアの方々に使われることになりそう。
物資は一般的に単一商品が山積みになるが、
この10tトラックは様々な物資が載っている。
「こういう集め方もできるんだ!」と言ったそうだ。
全国の名もない救援隊の隊員の気持ちが現れていると思った。俺たちは遅れて遠野に到着した。
ねおすの荒井さんと合流。
日が暮れるないうちに釜石 栗林児童館を目指す。
行き違う車は自衛隊、機動隊、緊急車両ばかり
一般の車両は燃料がなくて動かしようがないのかもしれない
ガソリンスタンドには翌朝の給油を待つ長蛇の列があった。夕暮れの中で釜石にたどりつくと、
静かな町模様。普通の風景でした。
ここが携帯の最後の場所!といわれて家族と事務局に電話。
ここから100m進むと突然、
車がひっくり返っていた。
店のシャッターもくしゃくしゃだ。
津波が押し寄せたラインが被災のレベルをつけていた。
身がしまった。そんな惨状を横目に先を目指す。暗くなるころ栗林児童館に到着。
ねおす自然学校、岩木山自然学校、森の遊学舎のスタッフ
と顔合わせ。当方も会わせると総勢16名。
地元のスタッフもいる、地元とのつなぎ役として活躍していた。
彼女の存在は大切でどこにどんな属性の人が住んでいるのか?
解っているのは一人だ、彼女がいなければ必要な物がわからない。
気丈に振る舞っていたが、複雑だろう。
明日の作戦会議明日3/24は2チームに分かれる。
チーム1は先入りスタッフ一緒にバックヤードの荷物を
橋野地区、片岸地区、鵜住居地区に運びつつ、同時に何が欲しいのか調査する。
地域の人々に配布する。
それぞれの地域の特徴がある。
年齢層などにあわせて配布物を検討。
チーム2はバックヤードから大船渡に荷物を運び
ガソリンの供給とスタッフの移動を同時に行う。川田、大関、高見、大西、糠谷はチーム1
高田、加藤はチーム2エネルギーはかなり貴重。
配布についてかなり慎重にしなければならない様子。
避難所と個人宅にいるひととの意識差や物資差が、あるようです。
避難所には自衛隊からのいくらかの燃料配布があるが、
平等に配布するため。また、ないところに持ってくることで、
溜め込みたい心理なのか。
地域までは届いているのに使われていない。
そんな状況になっているらしい。
今、使える買い出し用の車の燃料になるように工夫して給油したい。
また、ライフラインの復旧は電気は早いが、水は場所によるらしい。この児童館は既に子供たちの児童館活動を開始していました。
親には静かな時間、子供には楽しい時間を作り初めていました。深夜に余震あり。
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